コラム孫右ヱ門

お茶と水のお話


2018年8月26日

お茶を淹れるとき、皆さんはどのようなお水を使いますか?
水道水?ミネラルウォーター?
水質はお茶の味を変えてしまうと言われています。
今回は、意外と奥が深いお茶と水のお話です。
夏休みも終盤となり、お子さんの宿題の手伝いに追われている方もいらっしゃるかと思います。
夏休みの宿題といえば、読書感想文に自由研究。
皆さんもご経験があるかもしれせんが、時間のかかるもの程、後回しにしてしまいがちですよね。

コラム担当の息子も例に漏れず(笑)自由研究を後回しにして、今頃テーマに悩んでいました。
我が家では職業柄、年中様々なお茶を急須で淹れて飲みます。
夏場はずっと「てん茶」の水出しを当たり前のように毎日飲んでいるという贅沢な我が子です。
息子と相談する中で、何かお茶についての研究をする、ということになりました。
そこで、息子がテーマに決めたのは「水の違いによるお茶の変化」の実験です。

硬度304mg/Lの硬水、硬度15mg/Lの軟水でそれぞれ日本茶(煎茶)と紅茶を淹れて、色や味、香りの違いを確かめてみることにしました。

水の硬度というのは、水1リットル当たりのマグネシウムとカルシウムの量(mg)を示したもので、硬度120mg/L以下が軟水、120mg/L以上が硬水(WHO世界保健機構基準)とされています。

日本の水道水は、軟水から中程度の軟水です。
水道水の硬度が地域によって異なっているのはご存知でしたか?
城陽市にある我が家の水道水は50mg/L以下の軟水ですが、実は関東地方の水道水の硬度はかなり高めなのです。
全国の水道水の硬度は、こちらのページで見ることができます。

実験の結果、硬水と軟水では大きな違いが見られました。
紅茶の場合、画像では分かりにくいですが、硬水で淹れた水色は少し黒っぽくになり、少し白く濁っていました。
香りは強く、ザラリとした口当たりで淡白な味になりました。
一方、軟水で淹れた紅茶の水色は、透明感のある美しい赤橙色で、香りはさっぱりとし、味はとてもまろやかな中に紅茶特有の渋味を感じました。
日本茶の場合、軟水で淹れた水色は済んだ黄色となり、硬水で淹れたものは紅茶と同じく、少し白く濁ったようなものが出てきました。
味は軟水より、硬水の方が渋みがなく淡白な味になりました。

同じ水でも硬度によってこれだけの違いが生まれます。
硬水は鉄分など様々なミネラルを含んでいます。このミネラルがお茶の渋み成分であるタンニンと結合すると、色が悪くなりますが、その反面渋みが抑えられるようです。
硬水で淹れたお茶が淡白だと感じたのはこのせいですね。
煎茶はさっぱりとした苦渋みと旨みの調和を楽しむ飲み物なので、やはり軟水の方が美味しく淹れられると分かりました。

日本茶に理想的な軟水の硬度は30〜80mg/Lくらいと言われています。
日本の水道水はお茶に適したお水と言えます。

しかし、日本の水道水はカルキ消毒されていますので、美味しいお茶をいれるにはカルキ臭を抜くことが必要です。
浄水器を通した水を3〜5分程度、よく沸騰させることでカルキ臭を除去します。
この時、やかんの蓋は取って沸騰させてください。
4〜5時間汲み置きした水を使えば、なおよいです。
さらにこだわる方は、軟水のミネラルウォーターを使われるのが良いでしょう。
美味しいお茶を淹れるための水は、硬度の他にph値も関係してきます。
ph値は水溶液中の水素イオン濃度(H+)の量のことで、「中性」の7を基準にして、7より低いと「酸性」、7より高いと「アルカリ性」になります。
日本茶に適しているph値は7〜8と言われています。
ミネラルウォーターを選ぶ際には、表示の硬度とphの数値に注目してくださいね。
軟水は、お茶だけでなく、昆布や鰹節などの出汁をとるとき、グルタミン酸やイノシン酸等のうま味成分を引き出すことも報告されています。
日本のお水は、和の「美味しい」を引き出すのに適しているのですね。
お茶は水の違いによって味も色も驚くほど変わることがあります。
湧水や名水など、時には上質なお水でお茶を愉しんだり、色々水を替えてお茶を味わうのはいかがですか?

もうすぐ夏休みが終わりますが、お子さんの自由研究がまだ終わっていないという方。
こんなテーマはいかがでしょうか?

茶香服(ちゃかぶき)


2018年2月9日

先日TBSの「マツコの知らない世界」という番組でも紹介されましたが、皆さま「茶香服(ちゃかぶき)」はご存知でしょうか?

孫右ヱ門でも度々イベントで行なっておりますが、「茶香服(ちゃかぶき)」は産地を伏せた5種類のお茶を、五感を使って利き分ける競技です。
茶香服(ちゃかぶき)は別名「闘茶」とも言って、南北朝時代から室町時代中期にかけて、武家や公家、僧侶の間で流行しました。
当時の茶香服(ちゃかぶき)は京都の栂尾(とがのお)のお茶を本茶、それ以外を非茶(ひちゃ)と呼び、「本・非」を飲み当てるゲームでした。

「闘茶」が普及するにつれ、賭け事として徐々にエスカレートしていきます。
しまいには高価な品や家財を賭けて、人生を棒にふるものまで現れる始末。
「闘茶」は社会問題となり、とうとう足利幕府が禁止令を出すに至ったほどです。

そんな茶香服(ちゃかぶき)ですが、茶業者が茶の鑑定技術を高める一環として現在も行なわれています。
いよいよ今日から平昌オリンピックがはじまりますが、お茶にもオリンピックのようなものがあり、
「全国茶審査技術大会」という茶審査技術を競う大会が毎年行われています。
生産家や茶問屋、お茶を知り尽くした人たちの壮絶な戦いです。

今は3月の京都府大会に向けて、城陽、京田辺、宇治、小倉、和束など、京都府内の茶産地の茶業青年団で予選会が行われています。

城陽の茶業青年団では週に2回、45歳までの茶生産家、茶問屋などが参加し、茶香服の練習を行なっています。
茶香服(ちゃかぶき)では「花・鳥・風・月・客」それぞれ産地の違う5種類の玉露と煎茶を利き当てます。
TBSの「マツコの知らない世界」でマツコさんもチャレンジされていましたが、これがなかなか当てられないのです。
一度入れた札は元に戻すことができません。
それも茶香服の難しいところです。
普通は「花・鳥・風・月・客」の札を使って茶香服を行うのですが、宇治の小倉地区では、玉露発祥の地ということで「玉露製元祖」という札を使うそうですよ。

編集担当も今年からこの予選会での練習に参加しています。
碾茶日本一の産地賞を獲得した城陽の生産家、茶問屋が集まるのですから、予選会といえどハイレベルな真剣勝負です。
各茶業青年団から、予選会で成績の良かった人を京都府大会に送り出すのです。
こうして、茶香服の練習を重ねるごとに若い世代の茶業者たちに「お茶を見る目」が養われていきます。
鎌倉時代から続く茶香服ですが、こうして現代でも茶の目利きの技術を磨くために受け継がれているのです。

全国茶品評会 お茶の優劣はどうやって決めるの?


2017年9月26日

九月の上旬、長崎県大村市において全国茶品評会が行われました。
全国茶品評会は、全国の茶産地から出品された茶の中から審査を行い、その年の優秀な茶を選定するお茶の甲子園のようなものです。
弊社も農林水産大臣賞を目指し、丹精を込めたお茶を毎年出品しております。
今年は2等1席、順位は全国7位という結果となりました。
1位〜6位までが1等入賞。
7位からは2等となります。
惜しくもあと1席で1等入賞というところでしたが、残念ながらあと一歩というところで一等には届きませんでした。
団体としては、城陽市が産地賞(全国で1番の高品質な産地に与えられる賞)を獲得しました。
なかなか一等を獲らせてもらえませんが、一等一席を獲得するまで挑戦し続けます。
さて、このお茶の品評会ですが、いったいどのようにして順位を決めているのでしょうか?
今回は、お茶の品質審査と鑑定方法についてお話しします。

お茶の優劣は、「美味しい」「香りが良い」など人の味覚や嗅覚に係る部分が大きいだけに、分析機器を用いた科学的審査では十分明らかにできません。
そのため、茶品評会では熟練の茶審査技術を持った審査員が官能検査によって、茶の優劣を比較し、審査を行っています。
抹茶の場合は、石臼で挽く前のてん茶の状態で審査します。

審査項目は、
1.外観(形や色)
2.香気(お湯で浸出した時の立ち上る香り)
3.水色(お湯で浸出した時のお茶の色)
4.滋味(お茶の味)
5.から色(審査はてん茶のみ。お湯で浸出した後の茶殻の色)
の5つの項目があります。
点数は一番良いお茶が200点満点で、減点方式で評価していきます。
今回全国茶品評会では、外観(40点)、香気(65点)、水色(20点)、滋味(65点)、から色(10点)の合計200点満点で審査されます。

⒈外観
お茶の良し悪しは、製造の適否や品質が外観に出ることから、まず外観(形や色)から審査を行います。
拝見盆と呼ばれる黒い角盆に適量の茶を入れ、お茶の形状と色を見ます。
てん茶の場合は、明るく冴えた濃緑で、赤みがなく、白っぽくないもの、触るとふわっとしていて柔らかな感触のものがよしとされています。
2.香気
白磁の審査茶碗に茶葉を3g入れて熱湯を注ぎ、ネットで茶葉をすくい上げて、その香りを調べます。
てん茶は青海苔のような香り(覆い香)と新鮮味が程よく調和した香りがよしとされます。
3.水色
白磁の審査茶碗に茶葉を3g入れて熱湯を注ぎ、5分間静置させた後茶殻を取り除き、色やにごり、底に溜まった沈殿物の多少を判別します。
てん茶は淡い黄青色で赤みが少なく、濃度感のあるものがよしとされます。

4.滋味
水色と同じ方法で茶殻をのぞいたあと、スプーンですくって口に含み、味を確かめます。
てん茶は、旨味と甘味(覆い味)が多く温和なものが優れているとされます。

5.から色
湯で浸出した後の茶殻の色調や均一性を見ます。
青く冴えた明るい色調で、染まりが均一のものが良いとされます。
全国茶品評会の上位ともなると、どれも非常にレベルの高いお茶揃いになります。
ですから、優劣をつけるためにもこのように細かな審査項目が設けられているのです。

お茶屋さんに行くと、全国茶品評会○位入賞茶など書かれているのを目にすることがありますが、これはそのお茶が先ほどのような審査の評価基準を満たしている良質なお茶だということです。
品評会での審査基準は、ご自信でお茶を選ぶ時の一つのポイントとしても役立ちますね。
でも、お茶の「美味しい」は人ぞれぞれです。
審査基準はあくまで品評会の基準ですから、ご自身が一番美味しいと思われたお茶が、その方にとって一番のお茶なのだと編集担当は思います。

平成29年度 京都府知事賞を受賞しました


2017年6月6日

5月上旬から始まった茶摘みも先週末にすべて終わり、今年の製茶も無事終わりを迎えました。
そして今日は嬉しいニュースが飛び込んできました。
城陽市茶品評会において、弊社の出品茶が京都府知事賞(一等)を受賞しました!
昨年、一昨年も同賞を頂いたので、今年で3連覇となります。

今年は例年に比べて気温が低く、雨不足だったため、新芽の成長がとても遅い年でした。
新芽がなかなか大きくならなかったのですが、大きくなるまで待っていると品質が落ちてしまいます。
芽が小さく収量が少なくなることが分かっていても、品質を落とさないよう、早く摘み始めなければならない苦労がありました。
それでも今年は肥料を変え、新たなチャレンジをしてみたところ、いい兆しへの確信が持てたように思います。摘み子さんをはじめ、農作業や工場のスタッフ、お茶選りさん、支えてくれた家族。
毎日総勢100名がこの約1ヶ月をほぼ休むことなく勤めてくださったおかげ、また孫右ヱ門ファンでいてくださる皆さんが日々励ましてくださったおかげで、今年も自分で一番だと納得できる美味しいお茶が出来上がりました。3年連続京都府知事賞をいただけたことは大変光栄なことです。
しかし、目指すは全国一等!農林水産大臣賞です。
農林水産大臣賞獲得に向けて、仕立ての作業はまだまだ続いています。


お祝いのお言葉をくださった多くの方々に御礼申し上げます。

お茶にまつわるモノ・コト・道具vol.12 食べる抹茶と飲む抹茶


2016年8月6日

昨年は戦後70年ということで、私たちが生産する抹茶にも戦争の足跡が何かあるのではないかと、様々な資料を調べ「宇治茶と太平洋戦争」というタイトルでお話をしました。
多くの資料に目を通していく中で、とりわけ印象に残ったのが軍用サプリメントとしてつくられた「固形抹茶」や「抹茶錠」の存在でした。

戦時中、お茶は「ぜいたく品」として統制され、燃料の配給停止、製茶の禁止を命ぜられました。
働き手のほとんどを兵隊に取られ、茶畑は芋や穀物類など食糧生産用に転作を余儀なくされ、茶業界は壊滅的な状態に陥りました。
なんとか茶業界が生き残るために、茶業研究所は抹茶が持つ強いカフェインの覚醒作用と、ビタミンCを軍部に力説し、軍用のサプリメントとして「固形抹茶」や「抹茶錠」というものがつくられ、兵隊に支給されました。
当初苦かった抹茶錠を食べやすくするため、茶業研究所は甘味料を添加し、「糖衣抹茶錠」を開発し軍に収めました。
これが飲むのではなく食べる抹茶、抹茶加工品のルーツではないかと言われている、そんなお話をしました。
20160807-plane-985111_960_720今や、抹茶の加工品は数多く市場に出回っています。
チョコレート、アイスクリームなどの抹茶スイーツに始まり、茶そば等幅広く食べる抹茶を目にすることができます。
抹茶ラーメンなんていうのもあるようですが、お味のほどはいかがなのでしょうか・・・。
ちょっと手を出すには勇気が要りますね。
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茶そばコーヒーや紅茶といった洋風の嗜好品が生活の中に定着したことで、急須で淹れて飲む煎茶の生産が減少の一途を辿っています。
その一方、抹茶の原料となる碾茶の生産量は、ここ10年で倍増しています。
抹茶を飲む人が増えたわけではありません。
「抹茶スイーツ」などの加工品やペットボトル飲料に入れる抹茶の市場が急増したからなのです。

最近ではペットボトル飲料にも抹茶や碾茶が添加されることが多くなりました。
抹茶や碾茶を加えることで、旨味や色の鮮やかさが増すのだそうです。
京都府南部で煎茶の生産が中心だった地域でも、碾茶に転換する茶農家が続出しています。

茶道の経験がない、抹茶を飲む習慣がない、そんな現代社会において、碾茶の需要が伸びることは、茶業が生き残っていくためには大変嬉しいことです。
抹茶錠も、抹茶スイーツも、茶業存続のため先人が苦労の末につくってくださった道であり、その道なくして碾茶を作り続けることはできなかったと大変感謝しています。

しかし、その反面、筆者はお茶本来の大切な役割が忘れ去られてはいけないと思うのです。
抹茶本来の役割は、茶道を通した日本人にとって最も大切な「和」の精神や「おもてなし」の文化を伝えることです。
20141220-IMG_0061「和敬清寂」とは、千利休が茶道の精神をひとことで言い表した言葉で、茶道の基本になる大切な精神です。
茶道ではとりわけ「和」が中心であり、「和」とは皆が平等で、区別、差別がないということです。

小さなにじり口で刀を外させ、信長や秀吉といった天下人をも無にさせた一杯の抹茶。
裏千家15代、千玄室さんのお話でも、無礼千万にも御所や二条城に軽飛行機を離着陸させ、ジープで辺りを走り回っていた進駐軍が茶室「今日庵」の中では、正座をし、頭を深々と下げ、一杯の抹茶を味わっていたというではありませんか。
20141019-IMG_9003昨年のコラムでもお話しましたが、お茶には忘れてはならない日本の心、文化があります。
茶道では、亭主と客が互いに自己を慎み、身分や国籍の違いに関係なく互いを敬い、思いやり、和して互いに抹茶やその空間を共有することを愉しみます。
これが忘れてはならない茶文化の真髄だと思うのです。

昨日は日本人にとって忘れられない大切な日でした。
世界を見れば、未だ争いや戦争が絶えません。
自分さえよければ、今さえよければという思いは、奪い合いや争いや、悲しい出来事を生み出します。
また戦争のような大きな出来事だけではなく、人と人との繋がりを弱め、家族や友人との絆さえ危うくさせてしまいます。
世界平和などと大きなことは言えませんが、「和」の心をもって、せめて家族や近しい人、手元の平和を守っていきたいものです。

戦後70年の決意は、「自分たちの利益を求めるだけでなく、人に喜んでいただけるような美味しい抹茶を、手間を惜しまず作り続けること」でした。
20150324-IMG_3069今年は戦後70年と1年。
もう一歩進んで、抹茶が持つ「和」の文化を伝えていけたらと考えています。
茶道は所作や型が堅苦しく思われ、敷居が高いと敬遠されてしまいがちです。
集う人が、和や礼儀を重んじながらも、もっと自由闊達に話したり、心地よく、自然に笑みがこぼれるような、そんな和やかなお茶会をしてみたいと思っています。
その中心にはもちろん、美味しいと喜んでもらえる抹茶があります。

まずは、自分の手元を大切にすることから、戦後70年と一歩を踏み出したいと思っています。
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お茶にまつわるモノ・コト・道具vol.11 合組(ごうぐみ)


2016年7月24日

前回のコラムでは、お茶には様々な品種があることをお話ししました。
皆さんが市場で手にする抹茶の全てが合組(ブレンド)された抹茶で、単一の品種、単一の生産者からできた抹茶というのはなかなか手に入らないというお話もしましたね。
今回は、そのお茶のブレンド、「合組」について、碾茶の場合をお話したいと思います。
合組topお茶は一本物(単品)で、色、香り、味の三拍子が揃ったものはほとんどありません。
あるにはあるのですが、三拍子揃ったお茶は非常に高価になります。
例えば、弊社の「ほんず抹茶」は昔ながらのほんず製法で栽培した「あさひ」という品種の一本物で、価格は20gで¥16,200(税込)になります。
色も、味も、香りも三拍子揃っているとなると、どうしてもこのような価格になってしまいます。
OLYMPUS DIGITAL CAMERAまたお茶は農産物ですから、毎年全く同じものが仕上がる訳ではありません。
荒茶(製品に仕立てる前の段階の茶)は、産地や品種、蒸し具合によって毎年様々な個性を見せてくれます。
茶師はその荒茶の特性をひとつひとつ、五感と経験を活かして敏感に感じ取り見極めていきます。
そして、それぞれの荒茶が持つ長所をより引き立たせるようにブレンドするのが、「合組」と呼ばれる製茶業界になくてはならない技術なのです。

①味は濃いが挽き色が今ひとつの茶
②色は冴えるが味と香りが今ひとつの茶
③香りは良いがコクと色がいまひとつの茶

これらを組み合わせ、味、色、香りの三拍子揃ったお茶をつくるのが合組の基本、三ツ合です。
これがうまくいくと、1+1+1が4にも5にも6にもなるのです。
20160707-tencha10「味」の碾茶は、「ごこう」や「さみどり」が好まれる傾向にあります。
産地によっても違いはありますが、新茶時期でも濃厚な旨味があるのが特長です。

「色」の碾茶は「浜茶」です。
弊社のように木津川の河川敷周辺で栽培されている碾茶を「浜茶」といい、「色」の碾茶として茶問屋から重宝されています。
浜茶は非常に冴えのある緑色をしているのが特長です。
また砂質土でできた碾茶は新茶の時期であっても味が非常にまろやかなのも特長です。

「香り」の碾茶は、宇治の山手のものがよく好まれます。
石臼で挽くとすごく良い香りがするのですが、挽き色が白っぽく鮮やかさに欠けるのが特長です。
また新茶の時期は味の「せい」がきつく、年を越すまでは味がまろやかになりません。
ですから、茶問屋さんでは年明けまでは、宇治の山手の茶は新茶を使わず、古茶(ひねちゃ)を使うのが一般的だそうです。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA茶師はそれぞれの特徴を見い出し、長所を活かすことによって、一本物(単品)にはない味や香りを引き出します。
万一、見極めに失敗して性悪茶を入れてしまったら、バランスを取るためにその10倍もの茶を犠牲にしなければならない場合もあります。
またせっかく合組によって三拍子揃った茶が仕上がっても、茶問屋さんでは商売上、価格が見合わないことがあります。
そんな場合は、「落し」と呼ばれる碾茶が使われます。
単品ではこれといった特徴のない安価な碾茶が「落し」です。
この「落し」を使って販売価格の調整をするのですが、良い「落し」を見分けるのもかなり難しい仕事のようです。

それぞれの荒茶の特長を見極め、長所をいかに引き出すかは各茶問屋の茶師の腕の見せ所であり、門外不出の企業秘密なのです。
20160723-IMG_0134弊社の抹茶「蒼穹」は、弊社の茶園で栽培された碾茶のみを合組(ブレンド)しています。
弊社の茶園では、あさひ、さみどり、こまかげ、やぶきた、ごこうという5品種の碾茶を栽培していますが、「蒼穹」は孫右ヱ門の経験により、5月の初旬から下旬の中で、新芽のコンディションが良いものだけを厳選し、合組(ブレンド)しています。
近頃の抹茶の傾向としては、香ばしい香りが強いものが多いのですが、弊社の抹茶「蒼穹」は昔ながらの、「味」に重きを置いた抹茶です。
4cdff42b8eef448e4457_460x460浜茶ですから冴えのある色はもちろん、旨味とまろやかな味が引き立つような合組を行っています。
単一生産者からなる抹茶は珍しいものですので、弊社の抹茶「蒼穹」をぜひ味わってみてください。
https://magouemon.stores.jp

お茶にまつわるモノ・コト・道具vol.10 お茶の品種


2016年7月8日

茶農家が一年で一番忙しい茶摘み、製茶の季節が終わりました。
茶摘みを終えた茶畑は、ついこの間までの摘み子さんの賑やかな声が嘘のように静まり返り、時折、風が竹藪をさわさわと揺らす音だけが響いています。
茶摘みを終えると、茶木は膝丈に番刈りされて枝だけになり、茶園は殺風景な姿に変わります。
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20160529-IMG_5702梅雨の雨と夏の日差しを受けて、今また新たな芽を出して茶園を緑色に染めています。
OLYMPUS DIGITAL CAMERAみなさま大変お待たせしました。
今月よりコラム孫右ヱ門を再開いたします。

今回はお茶の品種のお話です。

お茶は、1217年に明恵上人が栄西禅師より茶の種を譲り受け、京都の栂尾や宇治にその種子を蒔いて以来、昭和初期まで、ずっと種を蒔いて繁殖させてきました。
しかし茶の樹は他殖性(自分では受粉しにくい)植物なので、できた種は遺伝的に雑種となってしまいます。
20151030-IMG_3668ですから同じ茶園でも、株ごとに品質の良し悪し、収量の多い少ない、芽の出る時期の早い遅いが揃わず、品質を安定させることが非常に難しかったのです。

そこで、昭和初期になると研究機関や熱心な茶生産者によって、こうした在来種の中から優れた特性を持つ茶の樹を選抜して育成する試みが始まりました。
そうして選抜された優良品種は取り木や挿し木によって繁殖、育成されて、品質や収量の安定した品種茶の栽培が主流となっていったのです。
現在では、種から育てられた在来種、つまり雑種のお茶はたった3%となり、97%が品種のお茶と言われています。
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お米に「こしひかり」「あきたこまち」など品種があるように、お茶にも様々な品種があります。
「やぶきた」「あさひ」「こまかげ」「さみどり」「宇治みどり」など、碾茶、玉露、煎茶それぞれに適した品種が選抜され育成されてきました。
現在では農林水産省に品種登録されているものだけでも66種類もの品種があります。
そのうち幾つかをご紹介したいと思います。

「やぶきた」は日本で一番多く栽培されている煎茶向きの品種で、栽培面積の75%を「やぶきた」が占めています。
明治末期から大正にかけて、静岡の杉山彦三郎氏によって選抜されました。
孟宗竹(もうそうちく)の藪を起こして種子を植えた中から選抜した品種で、藪の北側で取れたから「やぶきた」となったそうです。

「あさひ」は宇治の平野甚之丞氏によって選抜された品種です。
新芽が薄くて軟らかいのが特徴で、新芽の香りも抜群に良いので、碾茶の中では一番高値で取引される品種でもあります。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA孫右ヱ門の茶園でもこの「あさひ」を栽培していますが、毎年全国茶品評会へはこの「あさひ」を出品しています。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA「あさひ」の名前の由来は本居宣長の「敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」という歌から発想されたものだそうで、日本人の心を最も端的に表現した「あさひ」という言葉をこの茶の名にしたそうです。
現在宇治市植物公園には、宇治の宝木としてこの「あさひ」の原木が植えられています。
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「さみどり」は直立性で摘みやすいので、手摘みの碾茶では最も栽培面積が広く、生産量の多い品種です。
20150514-IMG_4782宇治の茶商、山政小山園三代目、小山政次郎氏によって選抜されました。
葉の色がとても明るい緑色なのが特徴です。
抹茶戦前にアメリカで博覧会が催された際、小山氏がこの「さみどり」を缶に詰めて出品しましたが、残念ながら買い手がつかず、太平洋を往復して返品されてしまいました。
その品を低温貯蔵して、10年を経過した戦後のある日、その缶を開けてみると、まったく品質が変わらず鮮やかな緑色をしていたという話が残っています。

「ごこう」は玉露向きで、大変うま味が強く、香りに特徴がある品種です。

孫右ヱ門の茶園では、「あさひ」「こまかげ」「さみどり」「ごこう」「やぶきた」といった5品種を栽培していますが、それぞれに個性が異なります。

一般的には、この品種茶を単体で味わうことはできません。
農家は摘んで荒茶に仕立てた品種茶を茶問屋に卸します。
茶問屋の茶師は、様々な農家から買いとった特徴の異なる数種類の茶葉をブレンドして、色、味、香りを整えて抹茶の製品にし、市場へ出します。
このブレンドする作業を合組(ごうぐみ)と言い、その配合は、その茶問屋独自のもので門外不出なのです。
皆さんが市場で手にする抹茶はその全てが合組(ブレンド)された抹茶で、単一の品種、単一の生産者からできた抹茶というのは手に入らないのです。
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今回、孫右ヱ門では、皆さんに品種を単体で味わっていただける茶農家ならではのイベントを企画しました。
宇治産の「さみどり」、城陽産の「さみどり」、「やぶきた」、「ごこう」4種類の品種をそれぞれ単体で味わっていただきます。
その味や香りの違いを五感で感じ、ご自身のお好みでブレンドし、世界にひとつのマイブレンド抹茶をつくって頂こうという企画です。
品種茶を単体で味わえる機会は滅多にありません。
ぜひこの機会にご参加下さい。
合組タイポ「世界でひとつのマイブレンド抹茶をつくる会 茶師の技 合組体験」
■日時:7月30日(土) PM13:30~15:30
■会場:株式会社 孫右ヱ門 京都府城陽市南垣内20-1
■集合場所と時間:
13:15 近鉄「富野荘」駅 二番出口(西側)http://goo.gl/6ZHQGT
(会場に駐車場はございません。また近鉄富野荘駅周辺にはパーキングがございませんので、お車でお越しの場合は、近鉄寺田駅もしくは近鉄新田辺駅周辺のパーキングに駐車の上、ひと駅電車に乗って富野荘駅で下車してください。)
富野荘駅から会場までは車で送迎いたします。ピストン送迎になりますので、人数によっては少々お待ちいただきますので、ご了承ください。
■定員:12名
■参加費:8,640円(税込)
■お申込、お問合せ:
株式会社 孫右ヱ門 0774-52-3232 , info@magouemon.com
※お電話でのお問合せは平日9:00~18:00の間でお願いします。

※Facebookアカウントをお持ちの方は、孫右ヱ門Facebookのイベントページ(https://www.facebook.com/events/623201597844067/)よりご参加ください。

■主催:株式会社 孫右ヱ門 http://www.magouemon.com/

次回のコラムは、先ほど触れた茶師によるお茶のブレンド、合組(ごうぐみ)についてのお話です。

お茶にまつわるモノ・コト・道具vol.9 摘み子、茶選り女、茶業の女たち


2016年4月23日

夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みじゃないか
茜だすきに菅(すげ)の笠 
     
    (文部省唱歌「茶摘み」より)

「茶摘み」というとやはりこの文部省唱歌が思い浮かびます。
しかし、歌にあるような、なだらかな畦に「茜だすきに菅の笠」という摘み子たちの光景は、煎茶の茶園のことであり、抹茶の原料である碾茶の茶園で見ることはできません。
碾茶の茶園は、昔なら葦簀(よしず)や籠(こも)、現在なら寒冷紗と呼ばれる黒い化学繊維の布で覆われています。
茶摘みの季節には、朝早くから摘み子さんが集まって来て、次々と覆われた薄暗い茶園の中に姿を消してゆきます。
これが碾茶園の茶摘みの光景なのです。
茶摘み絵葉書1
茶摘み絵葉書2(茶業鳥瞰図絵葉書: 近代茶業調查研究資料より)

古来より茶摘みは女性の仕事でした。
室町時代に完成した労働歌集「田植草紙朝歌二番」には、

宇治や栂尾の茶ゑんを見ればな
しんばかたちていまよいさかり
露ばはろふてつむろう寺の新茶を
女子にこほんのはちかな茶摘ませう
新茶を露もこめて摘まいて…

という一節があるように、茶摘みはもうこの頃から女性の仕事であったことが分かります。

かつて摘み子の確保には「引き手」と呼ばれる雇用仲介者がいました。
「引き手」は摘み子の確保、摘み子の管理や采配、オーナーとの賃金交渉に至るまでを取り仕切る摘み子のリーダーのような役割を果たす女性のことを言います。
引き手さんには、人望があり、度胸がすわった女性が選ばれたようです。

毎年秋頃から正月を迎えるまでに、「引き手」が屋号や家名を染め抜きした手拭いを一筋配れば、次の年の茶摘みの契約成立となったのだそうです。
現在でも「引き手」がいる茶園は残っていますが、摘み子の確保は、チラシでの募集や職業安定所に依るところが大きくなりました。
写真のお茶摘さん募集チラシは、弊社の古い資料の中から見つけたものです。昭和40年頃のもののようです。
お茶摘みチラシ碾茶の製造それぞれの工程には、その作業の性質上自ずから男性を中心に行うものと、女性が中心となって行うものが生じます。
昔から茶園の施肥や茶棚組み、覆いをかける作業、焙炉場での乾燥作業などは男性の仕事とされ、茶摘みや茶選り(ちゃより)などは女性の作業とされてきました。

茶選りは焙炉師が乾燥した茶の葉と茎を選り分ける作業のことで、全て女性の肉眼と手作業で行われてきました。
そのため、昔は焙炉師の数十倍もの茶選り女を雇い、鳥の羽毛や竹箸を器用に使って茶の葉一枚一枚を手作業で選り分けていたのです。
「服部式電気茶選別機」が発明されてからは、葉と茎は機械で選り分けられるようになったので、茶選りの仕事は品評会への出品茶にその技術を使うだけになりました。
20150514-IMG_4673茶業の女性の仕事は、茶摘み、茶選りばかりではありません。
茶農家の家の女性は、休む暇なく茶業に従事してきました。

茶摘みのシーズンは特に忙しく、「とまりやまさん」(近郊から泊りがけで出稼ぎにくる摘み子や焙炉師)の食事の準備や、「お間水(おけんずい)」と呼ばれる摘み子たちの間食の準備。
「中山(なかやま)」と呼ばれる茶期の折り返しに当たる日や、「籠やぶり」という製茶の終わりの日のご馳走の準備など、短い期間と言えど、毎朝誰よりも早く起き、日に何度も大勢の食事作りをするのは大変な労働であったでしょう。
茶のシーズンが終わると、夏には田植や草引き、秋は稲刈り、冬にはよしず編みなど休む暇はありません。
20150416-IMG_3826 のコピー現在は、とまりやまさんもなく、お間水を出すことも少なくなりましたが、それでも摘み子さんや茶選りさんの采配に気を遣い、来年もまた来てもらえるよう気配りするのは苦労が多いのではないでしょうか。

今年もあと1週間ほどで茶摘みのシーズンを迎えます。
覆下の茶園は、日増しに新芽の甘い香りが増してきています。
20150430-IMG_4261 のコピー長年「引き手」を担ってきた先代のおかみさんは、茶摘みの初日摘み子さんの顔を見るまでは安心できぬと言います。
摘み子さんや茶選さん、その裏で世話をする茶農家の女性たちなくして、美味しいお茶はできません。
今年も覆下に摘み子さんたちの賑やかな声が響きますように、無事に「籠やぶり」をむかえられますように。
茶業に従事する女たちも、今、一年で一番忙しい時期への準備を進めています。

参考資料:「京都府茶業百年史」、「くらしの中で見る女性ー京都府宇治市を中心としてー」岡本カヨ子、「宇治地方の民謡」財団法人 宇治市文化財愛護協会、「田植草紙」

お茶に纏わるモノ・コト・道具vol.8 「白」と「昔」


2016年3月19日

今回は、前回に引き続き「抹茶の御茶銘」についてのお話です。

抹茶をよく買われる方なら、末尾に「ナニナニの白」「ナニナニの昔」とつく茶銘が多いことにお気づきでしょう。

この「白」と「昔」の文字、
薄茶は「〜の白」で濃茶は「〜の昔」じゃない?と思われている方が多いかもしれません。
しかし、宇治市内に残る諸資料を当たっていると、どうやら「白」「昔」は薄茶と濃茶を区別するものではなかったことが分かってきました。
抹茶では、「白」「昔」の文字は一体何を表すものだったのでしょうか?
それはどうやら、抹茶の原料となる碾茶の製造方法に関わるもののようです。
20150514-IMG_4744

碾茶は、摘み取った生葉を蒸し、それを一旦冷ましてから焙炉(ほいろ)と呼ばれる乾燥炉の上で炙り乾かすというのが、古来より続く伝統的な製法です。
早い時期に摘み取った茶の新芽は、この蒸し製法で仕上げると非常に白っぽい抹茶になります。
こうして製茶された茶は「白」と呼ばれ、茶葉を蒸す製法は「白製法」と呼ばれていました。

それに対して、文献には「青製法」という言葉が出てきます。
古田織部が将軍家の御茶吟味役(毎年抹茶を試飲して、買い上げ品目を定める役)を務めていた慶長末年、宇治茶師の長井貞信によって工夫された製法が「青製法」と呼ばれていたようです。

「青製法」の資料は非常に少ないのですが、どうやら古来から続く「白製法」の生葉を蒸す替わりに、生葉を灰汁(あく)に浸した後、茹でてから炙り乾かす製茶方法だったようです。
灰汁は藁灰や木灰を水に浸した上澄み液のこと。
灰汁茶の芽が持つアントキアニンという成分が、この灰汁に含まれる塩基と反応すると、美しい青色(緑色)の碾茶に仕上がります。
浸して茹でるこうして湯引きする製法(青製法)で作られた碾茶が「青」と呼ばれていました。

古田織部に続いて御茶吟味役となった小堀遠州は、古来から続く白製法による「白茶」の最高級品を「初昔」と名付け、生葉を灰汁に浸してから茹でる青製法による「青茶」の最高級品を「後昔」と名付けました。
そして、将軍家の御茶御用を務める各宇治茶師が製茶する中では、「初昔」「後昔」よりも良いものはないというかたちを作り上げていきました。

お茶壷道中で知られる宇治の御茶師、上林家に残る「上林家前代記録」にも、
「初昔、後昔ハ公方家御好之風儀御茶極上之惣名故、茶師共何之家ニ而 も頭ニ立テ申候故、三番めよりハ其家之茶として面々存寄之銘ヲ付申候」
とあります。
「初昔」「後昔」は公方(将軍家)の好んだ極上の濃茶に付けられた茶銘であり、どの茶師もこの「初昔」「後昔」を筆頭の茶とし、どの銘柄もこれを上回るものがあってはならなかったということです。

この時代より後の宇治茶師の茶の価格表を見ても、初昔、後昔だけは別格。
桁違いに高価なことが分かりますよね!
御茶銘録1御茶銘2御茶銘3

元来、御茶銘の「白」は白製法で作った茶、そして「昔」の文字は、古来の伝統に即した、昔ながらの製法でつくられた茶という意味だったということが分かりました。

そして、これら「白」「昔」は全て濃茶のみに用いられた極上の碾茶の茶銘であって、薄茶として使用された碾茶には、固有の名前が付けられることはありませんでした。
薄茶にも茶銘が付けられるようになったのは、近代になってからのことです。
薄茶は元々は、濃茶用の碾茶を紙の袋に入れて茶壷の中に納める際に、その周囲の隙間を埋めるためにパッキンのように用いた「詰茶(つめちゃ)」であり、飲むためのものはなかったのです。
薄茶に固有の名前がつけられなかったのも分かりますね。
それにしてもなんて贅沢なことでしょうか?!
詰め茶

江戸時代の碾茶製造方法である、生葉を蒸す「白製法」と湯引きする「青製法」。
のちに青製法は途絶え、白製法のみが残り、進化して現在に至っています。

青製法がなぜ途絶えたのかは、資料や情報が少なすぎて、残念ながら分かりませんでした。

しかし、昨年数少ない文献を頼りに、この青製法にチャレンジした人がいます。
このコラムでも紹介したフリーランスの料理人兼茶道家の藤井忠さんです。(http://magouemon.com/column/people/people07/)

灰汁を作るところから、全て手作業で青製法の再現に取り組まれました。
全て手作業ゆえに、湯引きした葉を一枚一枚剥がす作業や、焙炉(ほいろ)の替わりに焙烙で煎る作業が大変だったようですが、さすがは茶道と製茶に精通した料理人さんです。
しっかりと青製法で碾茶を仕上げてこられました。
青と白
画像左が青製法で仕上げた碾茶。右が現在の白製法の技術で仕上げた碾茶です。
色を比べると、現在の白製法の方が緑色が鮮やかですが、江戸時代当時の白製法の技術では、碾茶はこのような鮮やかな色をしておらず、黄緑色だったと言われています。
黄緑色の抹茶しかなかった当時、青製法でできた鮮やかな緑色の碾茶は、非常に斬新だったのではないでしょうか?
味というよりは、黒い楽茶碗に映えるような新しい碾茶を作らせたかったのではないかな?と藤井忠さんは言います。
20141220-IMG_0061

今年は実際に乾燥炉や焙炉(ほいろ)を用いて、当時の製法にできるだけ近い形で再チャレンジするそうです。
昨年は灰汁に発色効果があったことを発見しましたが、今年はどんな発見をしてくれるでしょうか。

今後の良い茶作りのヒントになりそうで、とても楽しみにしています。

お茶に纏わるモノ・コト・道具vol.7 抹茶の御茶銘


2016年3月5日

お茶会の席で、抹茶を頂いた後、「先ほど頂戴したお茶の御銘は?」「お詰めは?」という問答があります。
「御銘」は「御茶銘」のことで、抹茶に付いている名前のこと。
「お詰め」というのは、抹茶の製造元のことです。
濃茶お茶屋さんに行けば、抹茶にそれぞれ名前が付いているのが分かります。
例えば、「初昔」「後昔」「関の白」「天授」「和光」「青嵐」…等々。
現在では、御茶銘はそれぞれに意味や由来を持ち、茶の湯に景色を添えるものとなりましたが、なぜ抹茶にそれぞれ名前が付けられるようになったのかご存知でしょうか?

茶銘の始まりは、茶園の区別をするための分類記号だったと言われています。

15世紀の末あたり(室町時代)から、碾茶を収めた茶袋に「無上」「別儀」「ソソリ」というような茶の良否や等級を表す言葉が記されるようになりました。
16世紀の後半(安土・桃山時代)になると、「無上」に代わり「極上」という表記が出てきます。
さらにその頃来日した宣教師ジョアン・ロドリゲスの著「日本教会史」には、最高品質の碾茶は、何も書かない白紙の袋に収められており、それを「白袋(しろぶくろ)」と呼んだと記されています。
茶壺に半袋ここまで出てきた「無上」や「別儀」と記された茶の名称は、碾茶の等級や品質を表すもので、今で言う「茶銘」に当たるものではありません。

「茶銘」が登場するのは、意外に遅く、江戸時代初期だと言われています。

抹茶の流通において「茶師」という存在は欠かせません。
茶師とは抹茶の生産に尽力した茶業家(おそらく現在の問屋+茶農家です)です。
当時から宇治の茶師は宇治茶を合組(ごうぐみ・主の葉に他の葉を混ぜることで色彩や香味の質を上げる方法)という方法で素晴らしい、より良いお茶を作っていました。

この頃の御茶銘は、茶師が数種類の茶を区別するためにつけていた記号にすぎませんでした。
例えば、当時の文献には「一の白」「いノ鷹」「綾の森」「宇文字むかし」など、数詞や茶園名を記したものが多く見られます。

茶壺に収められた数種類の碾茶、それぞれの半袋に記された茶の記号や名称は、たちまち雅趣を好むお茶人たちに注目され、茶の湯の中に一つの景色を添えるものとなりました。

江戸時代中期になると、茶に執心の大名や武家などが、出入りの宇治茶師に茶銘を付け与えるようになりました。
そこで命名されたものが「御銘」と呼ばれるものになりました。
つまり、茶師自身が名付けたお茶の名前は単なる「茶銘」。
大名や武家など敬意を表すべき顧客としての立場にある人が命銘した「茶銘」のみが「御銘」と呼ばれたようです。

近・現代になると、茶人や高僧など命銘した御茶銘が見られるようになりました。
御茶銘は、その茶の風味や茶席の景色を引き立てるものだけに、その命名には様々な心配りと、優れた美的センスが求められます。
弊社の抹茶にも「蒼穹」という御茶銘があります。
御茶入日記「どこまでも深く、どこまでも蒼い空のように、吸い込まれるような味わい。」という意味があります。
どこまでも蒼い空の下、風に揺れる茶園を思い浮かべてご賞味くだされば幸いです。
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参考文献:「京都府茶業百年史」、「日本教会史」
資料協力:上林記念館、宇治市歴史資料室

次回は御茶銘のお話の続き。
御茶銘に「昔」「白」という文字が多いのはなぜでしょう?
その謎に迫ります。