コラム孫右ヱ門

歴史vol.1 「宇治茶と太平洋戦争」


2015年8月20日

今回から「お茶にまつわる歴史」を新たにカテゴリに加え、お茶や孫右ヱ門のあれこれをご紹介していきます。

今回は、戦後70年にちなんで「宇治茶と太平洋戦争」についてお話します。

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昭和16年12月8日、日本は日英を相手に開戦の火ぶたを切りました。

戦時中、国内の食糧は徹底的に統制されていました。
米、砂糖、ガソリン、綿製品など重要日常物資はいち早く統制・配給制へ組み込まれました。

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お茶についてはどうだったかというと、それまで最大の輸出先であったアメリカやソ連が敵国となったため、輸出が頓挫し、それまで輸出向け緑茶の生産に力を入れてきた茶業は深刻な不況に陥いってしまいました。

そして、戦局が悪化するにつれ、物資不足、さらなる統制下のもとに、奢侈(しゃし)品(必需品以外のもの)の製造禁止令が発令されました。

そんな中「抹茶」の原料である碾茶も、不急作物としてリストに挙げられ、燃料の配給停止とともに、製茶を禁止されました。

茶畑は、食糧生産用に転作を迫られ、イモ類や穀物畑に姿を変えていきました。
一度イモを植えた畑では、再び上質の茶を作ることはできません。

こうして茶園の荒廃が進み、京都の茶生産は壊滅状態に陥っていきました。

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当時の茶業組合は、なんとかこの危機を乗り越えようと立ち上がりました。

抹茶のカフェインが持つ穏やかな覚醒効果に着目し、なんとか軍用に採り上げてもらえないかと、陸軍航空技術研究所、川島四郎少佐に訴えたのです。

少佐はすぐに抹茶の効能を調査するよう命じ、抹茶は覚醒作用やビタミンCの補給として活用できるという点で評価され、「航空元気食」「防眠菓子」として、糧秣廠(りょうまつしょう)(軍の食糧庫)へ納められることになりました。

軍用として採り上げられた抹茶は、不急作物から外され、京都の茶業はなんとか命をつなぐことができたのです。

そして京都府立茶業研究所が「糖衣抹茶特殊糧食」(固形の抹茶に糖分を含む被膜を施したもの)を開発し、航空機や潜水艦に乗り込む兵士の疲労回復と眠気覚ましとして、広く重用されました。
また一般向けにもビタミン補給に役立つとして、「固形抹茶」なるものが作られ、売られました。

今では、抹茶はチョコレートや様々なスイーツなどに使用され、「抹茶を食べること」が当たり前となりました。

普段何気なく口にしている抹茶のお菓子ですが、同じ「抹茶」を噛みながら、国のために身を捧げて、無残にも亡くなっていった多くの方を思うと、胸が痛み、大変複雑な気持ちになります。

 

今回コラム執筆にあたり、様々な資料から先人たちの労苦を知りました。
戦後70年経った今、こうして平和に茶をつくり続けられることを改めて幸せだと思います。

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世界を見れば、奪い合いや争いは絶えません。
戦争はもちろん、利益のために市場で競うのも、新しい技術を競うことも争いです。

戦後70年、平和を続けてきた日本も方向転換しようとしています。

武には武の仕返しがあり、そうなれば悲劇のスパイラルを逃れることはできません。
武を抑えるのは文化、相手を思いやるおもてなしの心です。

誰かにお茶を点てるとき、心を込めますよね。
相手に喜んでもらうために、一生懸命に点てる、そのために様々な工夫もします。
喜んでもらいたいという心があれば、それがおいしさとなり、自分自身の喜びにもつながります。
茶には、そのおもてなしの心、文化があります。

自身の利益だけを求めるのではなく、飲んだ人すべてが幸せになれるような、そんなおいしいお茶を作り続けていきたい。
戦後70年の夏、孫右ヱ門は決意を新たにしました。

 

資料協力:山城茶業組合

ひとびとvol.4 内田喜基さん


2015年8月4日

コラム孫右ヱ門、今回は孫右ヱ門に関わる人々です。
編集担当が孫右ヱ門と関わりのある様々な人々を訪れ、大いに語ってもらいます。

今回は、孫右ヱ門の顔とも言えるロゴデザインと商品パッケージをデザインしてくださったアートディレクターの内田喜基(うちだ・よしき)さんです。

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Q1.孫右ヱ門との出会いを教えてください。

京都の伝統木版画工房、竹笹堂さんと一緒にポスターを作るお仕事をさせていただいているのですが、その竹笹堂代表の竹中健司さんの呼びかけで、1/f(YURAGI WORKS)という京都を中心に日本文化を発信する職人やデザイナーなどの集まりがありまして、その飲み会の席で初めてお会いしました。

その時は、まだ仕事につながるような話は全くしなかったんですが、その後、同じ1/fメンバーで、孫右ヱ門さんとも関わりがあり、パッケージのお仕事をさせていただいていた”あめ細工 吉原さん”が、僕の話を太田さんにしたところ、僕の仕事に興味を持ってくださったようです。

ちょうど商品のパッケージデザインをどうにかしたいと思っているタイミングだったようで、後日ご連絡をいただき、実際に東京でお会いすることになりました。

東京での食事の席で、太田さんから伝統的な製法の抹茶を何とか残していきたい、そのためにもっとほんずの抹茶を広めていきたいという熱い思いを聞かせていただいて、僕も共感し、意気投合。

孫右ヱ門さんのデザインを手がけることになりました。

 
Q2.孫右ヱ門のロゴデザインやパッケージへの思いをお聞かせください。

デザインに取り掛かる前に、孫右ヱ門さんの茶園を何度か訪れました。

一番良い土壌に、こだわり抜いた有機肥料を与え、次の年の品質のために新芽の一番茶だけ手摘みする。
そんな手間暇を惜しまない、ていねいな仕事に驚きました。

それでいて、製茶の工程は無駄を削ぎ落としたシンプルなもの。
そして、出来上がった抹茶はほのかに甘く高貴な香りがする。

僕はそこに歴史の重みと凛とした品格を感じました。

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これまでの歴史を重んじつつ、今後進むべき未来を視野に入れたデザイン、それが太田さんの依頼でした。

昔ながらの伝統的製法を守って、美味しいものをちゃんと残していきたいという太田さんの気持ちをリスペクトして、やはりそういうモノトナリのデザイン、ブランディングをしたいと思いました。

僕は孫右ヱ門の顔である「ロゴ」には、代々受け継がれてきた『文』の字は残さないといけないと思いました。
デザインは新しくなっても、代々守ってきたものは大切にしたいと思ったんです。
メイドインジャパンを体現する家紋としての意味合いもあります。

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パッケージは格調高く、それでいて主張しすぎない存在感を白で表現しました。
わかりやすくするために「京抹茶」という文字を加え、大切な『文』の字と孫右ヱ門という書を一緒にして組み合わせました。

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もう一つ、これは依頼になかったものなんですけど、フレーバーティーを商品化することを提案しました。

孫右ヱ門さんをこれからの売り出すにあたり、高級なラインだけでなく、低価格で、おみやげや贈り物として手にとってもらいやすい商品、つまり孫右ヱ門というブランドを知ってもらう広告塔のような立ち位置の商品が必要だと考えたからです。

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他のラインとは差別化し、女性が心惹かれるようなデザインにしました。
一枚の紙を折って、着物を着ているようなイメージのデザインです。

一過性で仕事をする訳ではなく、パッケージから派生してはいるんですけど、全体的な孫右ヱ門の見え方というか、ブランディングを長い目で一緒にやっていきたいと思っています。

 
Q3.内田さんから見た六代目孫右ヱ門、太田博文はどんな人ですか?

お仕事を通しての印象は、お茶に関してとにかく熱いスペシャリスト。

昨年、海外で日本文化を発信する活動の一環として、ニースとモナコ、チェコ3カ国の旅を共にしたんですけど、途中、本当に色々なアクシデントがありまして、太田さんの天然具合を目の当たりにしました(笑)

やはり寝食、苦楽をともにすると、お互いに人間として隠しきれない部分が出るので、お仕事だけではない、人間としての絆と信頼が深まったように思います。

旅を終えての印象は、公私ともにとてもまっすぐな人ですかね。

人間味あふれる人の方が一緒に仕事もやりやすいので、これからも太田さんとは深くやっていきたいです。

 

Q4.今後の孫右ヱ門に期待することは何ですか?

昔ながらの製法を守って、美味しいものをつくり続けるという太田さんの熱い思いをとてもリスペクトしているので、これからも続けていって欲しいと思います。

また、出汁として碾茶を使うなど、海外でも新たな見せ方でお茶を発信していきたいという夢を持っていらっしゃるので、僕も僕なりのデザインやブランディングというパートで、一緒に考え、行動して、力になっていきたいと思っています。

ずっと「続ける」ことで気付くことが多々あるので、これからも伝統を守りつつ、海外への発信も続けていって欲しいです。

 

Q5.内田さんの今後の野望を教えてください。

6月に「COIL」というプロダクトデザインブランドを静和マテリアルと一緒に立ち上げました。
「COIL」は、今まで出会った人や、これから出会う人をどんどん巻き込んでいくという意味でつけました。

今までグラフィックやパッケージデザイン分野だけだったのですが、もっと分野を広げて、例えばバッグや、陶器、文具といったプロダクトを作っていくべく、今動いています。

今自分の周りに繋がっている職人さんたちや色んな分野の方と、様々なプロダクトを作っていきたいです。

僕がデザインした陶器で孫右ヱ門さんのお茶を飲む、とかね。
その夢のはじまりを始めたばかりです。

あと、ライフワークでKANAMONO ARTという活動をしていて、以前太田さんと行ったモナコでも展示を行ったんですけど、今年も錫(すず)の職人さんと個展をすることになっています。

年に1、2回はKANAMONO ARTのイベントなり個展をライフワークとしてやっていきたいなと思っています。

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COIL(http://www.coil-products.com)
内田さんの夢のはじまりであるCOILは、内田さんと既に繋がりのある人、これから繋がっていく人をどんどん巻き込み、新しい視点を創る、そんなプロダクトデザインブランドです。

KANAMONO ART(http://kanamono-art.com)
内田さんのライフワーク。
カナモノ(クギ、ドライバー、ネジ、ペンチなど)無機質な金属48種類を組み合わせ、有機的な生き物を創るKanamono Artのサイトです。

 

内田喜基さんProfile:
博報堂クリエイティブ・ヴォックスに3年間フリーとして在籍後、 2004年cosmos設立。
広告クリエイティブやパッケージデザインにとどまらず、 商品デザインやアート本「Kanamono Art Ⅰ・Ⅱ」(誠文堂新光社)の出版や、 インスタレーション・個展を開催。
2015年プロダクトデザインブランド「COIL」を 静和マテリアルと一緒に設立。その活動は多岐にわたっている。
主な受賞歴 D&AD 銀賞 / 銅賞、Pentawards 銀賞、OneShowDesign 銅賞、 reddot award、NYADC Merit賞など。